Back to TOP

人災派遣会社シリーズ   製作者:紫電改


小説 『人災派遣のフレイムアップ』 
第6話 『北関東グレイヴディガー』


<<back   <<top>>    next>>

◆◇◆ 21 ◇◆◇

 
 
「ば、馬鹿な……」
  ”小田桐剛史”がおれ達五人・・を驚愕の表情で見つめている。獣道をようよう歩きながら、おれ達は小田桐と土直神の元へと近づいていった。
「お前達がなんでここにいる。それも一緒に!?」
「そりゃあ、一緒にここまで移動してきたからさ」
  他人に化けて姿を隠し、事態を自分の思うように誘導する。おれ達を共食いさせて事件の黒幕を気取っていたつもりの小田桐の声は、全くの想定外の事態にすっかりとうろたえていた。
「そ、それに――さっきのアレはなんだ。お前達の誰かの能力か?」
「さあ?」
  そんな彼に、おれは冷たく返答してやる。
幽霊でも見たんじゃないの・・・・・・・・・・・・?」
  小田桐の喉のあたりが引きつる。その全てをあえて無視して、おれはさっさと話を進めることにした。倒れている土直神の顔色は相当ヤバイ。おれ達の到着まで時間稼ぎをしていた幽霊さんとは違う。いちいち小田桐に懇切丁寧にネタバラしをしてやる理由も余裕も、おれにはなかったのだ。
「これで終わりだよ、『貼り付けた顔ティエクストラ』。こっちの『風の巫女』の術のおかげで、アンタの話してた内容は把握してる。あとはその密輸の証拠さえ押収すればもう幽霊は出ない。ウチフレイムアップの仕事も解決。アンタ自身をとっつかまえれば、どういう形であれ、『小田桐剛史の安否を確認する』ってウルリッヒの仕事も解決する」
「来るんじゃない!」
  近寄ろうとしていたおれ達に、小田桐が鋭く警告を発する。その左手に掲げられた、何かのスイッチのようなソレを見て、おれ達は息を呑んだ。
「陽司、もしかしてあれって……」
「おいおいおい、正気かよ?」
  そのまま己のスーツとシャツのボタンを引きちぎる小田桐。そこにあったのは、ごく薄いメッシュ素材で作られた軍用ベストだった。そのポケット全てに何かが詰め込まれている。メッシュの編み目に絡ませるように細いコードが配されており、ポケットの何かに接続されていた。それを見たチーフが、かすかに目を細める。
「爆弾ベストだな。テロ屋が人質に着せたり自爆に使うものだ。無理に脱がせようとすればポケットに詰め込まれたプラスチック爆薬が爆発するし、ものによっては、装着者の心音が止まると爆発する」
「ほぅ、察しがいいな!その通りだよ。迂闊に俺に近づいてみろ。お前達も一緒に……」
  ドカンだぜ、という言葉は発するまでもなく全員が了解していた。
「ってえか、アンタ普段からそんなもの着込んでいるのかよ」
  おれの呆れ半分のツッコミに、奴は自嘲気味に笑った。
「ふん、こちらは一般人あがり、ろくな戦闘手段も持ってないんだよ。貴様等のような生まれついてのバケモノどもと互角に渡り合うには、このくらいの手札を常備するのは当然だろう?」
  おれだって別に生まれつきこうだったわけじゃあないんだがな。おれが舌打ちする間にも、奴は起爆装置を持ったまま、倒れている土直神の身体をひきずり上げて抱え込み、右手のナイフを突きつける。
「土直神さん!」
  血の気の失せた顔の土直神に巫女さんが声をかけるが、返事はない。彼の背中からは、見ただけでわかる程の出血があり、早めに手を打たないと正直ヤバそうだった。
「どけよ。俺がこの山を下りるまでこいつは人質だ。俺をさっさと通して、麓でこいつを解放させれば、まだ助かるかも知れないぞ?」
  このまんま奴におめおめと核兵器製造のネタを渡してやる気にはなれない。それに、ここまで内情を知られた土直神を、奴が素直に解放するとは到底思えなかった。
「あいつに自爆する度胸がありますかね?」
「度胸はどうか知らんが、奴は恐らく追い詰められている。必要とあれば押すかも知れん」
「くそっ」
  膠着状態がしばし続く。何とか奴と土直神を引き離し、かつ、おれ達も奴の爆弾から身を守らなければならない。ふと視線を横にやると、こちらを見ている巫女さんと目があった。どうやら考えることは同じらしい。
「それと、もう一つ。あいつの持っているナイフは、多分スペツナズナイフだ」
「マジですか?厄介な骨董品を持ち出しやがって」
  ロシアの特殊部隊スペツナズ。奴らが旧ソ連時代に使用したナイフの中には、グリップの内部に強力なバネが内蔵されているものがあった。いざというときは鍔のレバーで刀身を十メートルも撃ち出すことが出来、奇襲や暗殺に使用されたという。最近ではロシア軍の装備の近代化に伴いほとんど使われることはないと聞くが、それでも海外への持ち出しが比較的容易で、火薬を使用せず、音もせず、意表も衝ける飛び道具の利点が消えたわけではない。マフィア崩れの武器商人グループなんぞにはおあつらえ向きの武器だろう。つまりは、土直神に刃を向けつつ、飛び道具も所有している事となる。
「どうした、どけよ。……さっさとどけと言っているだろう!」
  土直神を盾に突き出す小田桐。本当に、手はないのか。そう思った時。血の気の失せた土直神が、こちらを見ているのに気づいた。その視線を追っておれが彼の足下に目を動かすと――そこに勝機が見えた。
 
  おれはそのまま視線を真凛、チーフ、そして巫女さんへと移しながら、土直神が伝えたかったものを目で示していく。視線のバトンリレー。意図に気づいた全員が、それ・・に向けてさりげなく態勢を整えていく。そして、最後の一人、シドウ・クロード。こいつが動いてくれるなどと期待はしていないが。邪魔だけはして欲しくない。奴はおれの視線を受けても何一つ動じることなく、相変わらず巌のように沈黙を保ったまま佇んでいた。
「さあもういいだろう、早くどけよ!」
  奴がさらに土直神を押しだし、ついに歩を進めようとするタイミングに合わせて、今までぐったりしていた土直神が、唐突に声を放った。
「そういや……アンタが、小田桐だ、ってんなら……もうそれなりの、歳ッスよね」
「なに?」
  くたばりかけていた人質の声は、だか思ったよりも明瞭だった。背中のキズから腿を伝って流れ落ち、すでに危険な量に達している足下の血溜まり。それがいつのまにか、土直神の足によって砂と混ぜ合わされ、赤い泥となっていた事に、小田桐はついに気づくことが出来なかったのだ。
「アンタくらいの、歳なら……、ガキの頃、絶対、やったっしょ?」
  赤い泥は土直神の足によって引き延ばされ、シンプルな星形――晴明紋を描いていた。
「校庭で朝礼、してるとき先生の話が、タイクツでさぁ……、足で絵を描く、ってぇヤツ」
「貴様ッ……!!」
「それとサ。徳田サンとオイラはそれなりに――」
  土直神の意図に気がついた小田桐がナイフの切っ先を再び向ける。だがすでに遅すぎた。
「長いつきあいだったんだよ!」
  残された最後の力を込めて、踵で思い切り星の中心を踏み抜く。土砂崩れによって積み上げられた柔らかな地面は、まるでとろけるように、文字通りの泥沼と化して土直神自身と、そして彼を捕まえていた小田桐を引きずり込んだ。
  今だ、などという合図を口にする余裕はなかった。
  これから要求されるのは、精密な外科手術ばりの連係プレー。ついでに言えばリハーサルどころかブリーフィングもなし、もひとつ言うなら立ち会うメンバーはほぼ初対面の上に敵対関係ときたものだ。難易度で言えば、サジを投げるどころか最初から手に取る気すら起きない。
  だが。
  それをやってのけるからこそ、おれ達に存在意義があるのだ。
「『亘理陽司の』――」
  足を取られ、態勢を崩しながらも起爆装置にかかった奴の指に力がこもる。俺の詠唱ではどう言葉を短く詰めてもそれを防ぐことは叶わない。しかし。
ッ!」
  俺のすぐ側を、鋭い音を立てて石礫が吹き抜けた。『風の巫女』の願いに応じ、下ろされた”風の神”が、地面の小石をその風で撃ち出したのだ。
「ぐっ!」
  小石は正確に小田桐の手首を打ち据え、反射的にその指の動きを硬直させる。とはいえ、敵も一通りの訓練は受けた間諜の端くれ。紐でくくられた起爆装置を手放すようなはしなかった。『風の巫女』の機転も、奴がすぐに腕に力を入れ直し、再び起爆装置を押し込むまでの、わずか二秒の時間を稼いだに過ぎない。しかし。
「『指さすものの』『爆発を禁ずる』!」
  その稼ぎ出された二秒は、おれが詠唱を完了させるに充分だった。施錠された因果が鎖となって確率を縛り上げる。確かに押し込んだはずのボタンがなんの反応も示さない、その事実に小田桐は驚愕するしかなかった。
「なんだそれはっ……!ふざけるな、ふざけるなっ!!」
  狂ったようにボタンを連打する小田桐。実はおれとしてみればこれは一番マズいパターンだった。『鍵』をかけて都合の悪い未来への道を封鎖できるのは、数秒程度の時間に過ぎない。ああやって何度もトライされれば、いずれ『鍵』の拘束は解け、本来ごくあり得るべき結果が再現されるだろう。単語数と対象を絞り込んで出来るだけ負担を軽くし、そのぶん時間を延ばしてかけた鍵だが、それも持ってあと三秒か。しかし。
  その稼ぎ出された三秒は、ほとんどヘッドスライディングの要領で飛びかかった七瀬真凛が、小田桐のベストを引っ掴むまでには充分すぎる時間だった。
「いっ、せぇえええ、のおおお……!」
「小娘っ……!」
  プラスチック爆弾の爆薬部分を直接ひっつかんで、その握力にものを言わせて起爆コードとベストごと引きちぎらんとする真凛。解除も分解もあったもんではない。警察の爆弾処理班の人が見たら卒倒しそうな光景だが、おれの『鍵』が作用している間は、数万分の一でも爆発しない可能性があれば、その未来が現実のものとなり続ける。一秒。真凛の指と、ベストを構成するケブラー繊維の間に恐るべき引張力が発生する。二秒。古流武術と現代化学の粋という、二つの人類の英知の綱引き。そして、三秒。
「せぇっ!!」
  今回の軍配は武術に上がった。分厚いガムテープを大量にまとめて引っぺがす時のような異様な音とともに、ケブラー繊維のベストが引きちぎれる。勢い余った真凛が腕を振り上げ、爆弾が高々と宙に舞ったとき――おれの『鍵』が消失した。咄嗟に目を閉じて頭をかばった。まだ連打されていた起爆装置が、ここで本来の性能を回復する。
  炸裂音。火薬の臭い、まぶたを閉じていてもはっきりと感じる強い光、そして大気の震え。空中で爆発したプラスチック爆弾の衝撃が、上からおれ達に降り注ぐ。思惑を外された小田桐と、既に行動を終えたおれ達。膠着状態。だがまだ一人、この機を伺っていた者がいた。
「『砂漠を蹂躙せし戦車の司NAVEH――」
  相変わらず左手にタバコを掲げたまま、チーフは右手に掲げた銀のプレートで緩やかな円を宙に描く。円の内部はたちまち破邪の銀光に満たされ、正視できぬほどの輝きを放ちはじめた。
「――猛き女神の投槍A.Q-VQ-E-H...見よD』!」
  そして、号令をけしかけるようにチーフのプレートが振り下ろされたとき、円環に満ちた銀光は枷が外れたように弾け、小田桐へと疾駆する。それは、編成した小型の結界の中に魔力を過剰充填した、いわば魔力の砲弾だった。かつてエジプトに招聘された、異教の女軍神の顕現。魔術書グリモワールには故事にちなんで”館を砕いた矢”とも記されるものである。威力は最低も最低レベルに抑えてある。それでも小田桐の胸に命中した銀色の光は、ヘビー級ボクサーのストレート並の衝撃を炸裂させ、ぬかるみに脚を取られていた小田桐を数メートル後方まで吹き飛ばした。人質に捕らえていた土直神から、爆弾と小田桐を引き離すことに成功したのだ。
「やぁったぜ、おい!!」
  異能力の即興五連コンビネーションを、敵対していたチームとで完全に決めてのけた。思わず指を打ち鳴らしていたおれに、油断があったことは否めないだろう。吹っ飛んだ奴の様を確認しようとしたとき。倒れたままこちらを向いた小田桐と、ちょうど眼が合ってしまった。怒りに燃える小田桐、そしてその右手には、まだ握られたままのスペツナズナイフ。
「ちょ、……っ!」
  柄に仕込まれたスプリングが解放され、凄まじい勢いで刃が射出される。刀身そのものの重量があるため、近距離では銃弾以上の殺傷力を持つ一撃。おれに反応など出来るはずもなかった。
 
  ざん、と音を立てて。
 
「お前――」
「相変わらず後詰めが甘いぞ、ワタリ……!」
  必殺の刃は、横合いから割って入った『粛清者』シドウ・クロードの分厚い胸板に、根本まで深々と突き刺さっていたのだった。膝をついて沈む、大きな背中。
「……おい、シドウ!」
  駆け寄ったおれの呼びかけにも、奴は応えない。あの位置は、間違いなく心臓だった。不死めいた再生能力の奴でも、さすがにあれは。その事実を理解したとき、唐突におれは叫んでいた。
「……待て、ふざけるな!人を思い込みで誤解したまま、勝手に死ぬんじゃない!」
  また一人、居なくなる。
  冗談じゃない。
  そういうのが面倒だから、一人でやるか、殺しても死なないような奴・・・・・・・・・・・・とだけ組むようにしてきたってぇのに……!
「お前には、あの時の真相を知る義務があるんだ……!」
  肩をつかんでこっちを振り向かせる。そこにあったのは、唇の端から血を流し、既に息絶えた男の顔――
「……この程度で」
「え?」
  ――ではなく、無愛想なツラでこちらに視線を返す、シドウの仏頂面だった。
「俺が死ぬと思ったか」
  心臓付近に深々とめり込んだはずのスペツナズナイフの刀身が、再生される心筋と大胸筋に押し出されて地面に落ちる。
「…………イヤ、普通、思ウヨ?」
  心臓貫かれたら吸血鬼だって滅ぶぜ。
「酸欠で脳死するまでの間に心臓を修復することが出来れば問題はない。ましてナイフの攻撃面積は、結局の所鉄板一枚程度に過ぎぬ」
  ……あー、そーですかそーですか。口の中で呟いて、おれは何となく足下の砂利を蹴っ飛ばした。なんだよ、くそ。
「で、真相とは?」
「うっせえよてめぇ!まだ仕事中だろうが!」
  巨体に背中から蹴りを入れるが、びくともしない。そうだった、と目線だけで返事を寄こして、『粛清者』とおれは、最後の牙をも失った男へと改めて向き直った。
 
 
 
 

◆◇◆ 22 ◇◆◇

 
 
「――形勢逆転、だな」
  近づいたシドウが、スラックスのポケットから密輸品の証拠を奪い取る。すでに巫女さんと真凛は土直神を庇うように移動しており、ちょうど小田桐を包囲する形となっていた。シドウを含めて戦闘向きの異能力者が三人。潜入専門の異能力者である小田桐にはもはや万に一つの勝ち目もない。しばらくぐったりと仰向けに倒れていた小田桐が、やがて力なく立ち上がる。
「……ハ、結局ここまでかよ」
  そう言うと、刀身を射出し終えたナイフの柄をあっさりと地面に投げ捨てた。そしてそのまま、くるりと踵を返すと、
「じゃあな」
  そう言って、何事もなかったかのようにこの場を立ち去ろうとした。
  そのあまりの自然さに、おれ達は一瞬、呆気にとられてしまった。
「ま、待ってください……待ちなさい!」
  我に返った巫女さんが、慌てて弓を構えて叫ぶ。
「土直神さんへの攻撃はともかく。徳田さんを手にかけたことは絶対に許せません!」
  ひでぇなあオイラへの攻撃はスルーでいいのかよ、という声には誰も耳を傾ける者はなく、小田桐も歩みを止めることも、ふり返ることもなかった。ただ、
「イヤだね」
  むしろうんざりとした声で応じた。
「待ちなさい!止まらないと撃ちます!」
「じゃあ撃てよ。撃って殺せよ」
  小田桐がふり返る。取り戻した本来の”顔”には、狂気の彩りを帯びた笑顔がへばりついていた。おれには馴染みのある表情があった。最後の賭け金で勝負をかける人間の、もう失うものが何もない、ある意味解放された笑顔。
「止めてみろ。その矢でアタマでも狙えば簡単だ。仲間の敵討ち、とくりゃあ仁義破りの粛清と大義名分もばっちり。お嬢ちゃんもここでバージンを落ところしていくのも悪くはない」
  自分の命というカードでの脅迫。お前も殺人者になれ、と脅しているのだ。
「……なにも頭だけを狙う必要はありませんよ」
  巫女さんが矢を頭でなく、脚へと向ける。
「陽司、組み伏せるよ」
  真凛もおれにささやく。だがおれがそれにゴーサインを出す前に、小田桐のけたたましい笑い声がほとばしった。
「じゃあ、俺を捕まえるか?いいぜ、なら捕まえてくれよ。殺人容疑で警察に突き出してくれよ」
  スイッチが入ったかのように、今度は一転してこっちに不気味ににじり寄ってくる小田桐。
「俺はしゃべるぜ、なんだって。今まで四年間、小田桐剛史の振りをしていたのが誰かってことも。どこぞの女が結婚していたのが小田桐剛史ではなかったということも。どこぞのガキの父親が小田桐剛史ではなかったということも!」
  『役者』に対する復讐……彼が築き上げてきたものが手に入らないというのなら、全てぶち壊してしまおうという考えなのか。おれにはコイツが何を求めているのか、今ひとつ把握できなかった。
「……変身能力による入れ替わり、なんて普通の警察関係者は信じないだろうし、そういうことが有り得ると知ってる警察関係者も起訴は難しいだろうけどさ。その流れで行くとアンタ、密輸と徳田さん殺害の件はどうするんだよ。幸か不幸か密輸の証拠は立った今見つかったばかりだし、徳田さんの遺体だってウルリッヒの連中が絡めばまず見つかる。そうそう都合良く『役者』にばっかりダメージが行くと思うなよ」
  もちろん極刑だって充分に有り得るだろう。
「――いいんだよ」
  だが、返ってきたのは、末期の熱病患者のように乾ききって狂熱をはらんだ声だった。
「俺はきっとテレビに出るんだろうな。『小田桐剛史』容疑者。新聞にだって載る。『小田桐剛史』。それでニッポン全国の皆さんが俺の顔を見る度にこういうんだろ、あの『小田桐剛史』って。いいねぇ、最高じゃないか!誰が見ても・・・・・俺が小田桐剛史だ・・・・・・・・
  男の口から吐き出される狂気と哄笑、そして毒気に、六人も居る異能力者がただ圧倒されるだけだった。
「なら、いいさ!平和な家庭も、仕事も、それに比べたらクズ以下だ!絞首刑だって一向に構わない。小田桐剛史として公式の書類で死亡が確認してもらうなんて、はは、夢のようだ!さあ捕まえろ!俺を捕まえろ!何だってしゃべってやるぞぉ。どうした、俺を捕まえろよおっ!!」
  おれはこの男の経歴を詳しく知らない。だが、今までの会話の断片とこの叫びから、どうにか把握することが出来た。ある意味では、小田桐剛史という人間はとうに死んでいたと言えるのかも知れない。なぜなら、この男の究極的な目標は、『第三の目』とやらの任務でも、『役者』への復讐でも、人生の奪還ですらもない。
  ただ、「自分が誰だったのか」という、ただその一つの事を確かめたかっただけなのだから。
 
  自分の顔がわからない。
  「自分が誰なのか」わからない。
  その不安は。おれには、少しだけ、理解することが、できた。
 
「なあ、アンタ――」
  気がつけば、おれは奴に声をかけていた。その時、おれはどんな言葉をかけようとしていたのか。後になってふり返ってみてもよくわからなかった。
 
 
『――たわけ。おぬしの個人的な動機で我々に都合の悪いことを喋られたら困るのじゃ』
 
 
  おれの言葉を遮るように唐突に発せられたその言葉は、日本語ではなかった。
  日本人にとってはリズム、発音共に非常に馴染みのない言語、ロシア語だった。その言葉を発したのは、もちろんおれ達じゃない。そして、ウルリッヒのメンバーでもない。驚く皆の視線が一点に集中する。
「……え?」
  だが、言葉を発したその人物……小田桐剛史は、誰よりも愕然としていた。
俺は・・何と言った・・・・・?」
  おれの聞き違いでなければ、確かにいまのロシア語は、小田桐の口から聞こえた。それも、全く別人・・・・の、しわがれた老人の声で。
  異変は急激に起こった。
「がっ?、ご、ぐっ……!?がはぁああっ!!」
  突如小田桐が苦しみだしたかと思うと、両の掌で顔を覆い、頭を狂ったように振り回す。頭痛か、はたまた毒でも飲んだのか。そう思う間もなく、すぐに理由は判明した。
「顔が……暴走している?」
  それは、正視に耐えない光景だった。小田桐の顔面が不気味に波打ち、べったりと頭蓋骨に貼り付くように展開している。それはちょうど、濡れた布を顔面に被せたような形状だった。
「はごっ!?……っ……!、……!、ばはぁっ!」
  鼻を塞がれた小田桐が喘ぐ。この男が手に入れた異能力である、自在に変形する顔。その”顔”が、持ち主に対して造反を起こしているのだ。セラミックのフレームが頭蓋に恐ろしい圧力を加え、不気味な軋みをあたりに響かせる。まがい物の表情筋と皮膚が拘束具と化して、鼻と口、そして喉を締め上げていく。それは、見えない加害者による扼殺だった。
「ぎ、っ、ざ、マッ!、こん……、な、ものをっ、仕掛、けやが――『やれやれ、無能だけならまだしも、有害となれば』――ふ、ざ、け――『もはや救いようもない。結局、廃物利用にもならなかったのぅ』――る……ぐぇ、……っ!」
  歯と舌が小田桐としての言葉を喋っているのに、唇と喉がそれを遮って全く別人のロシア語を喋る。おそらく、あの顔面を制御しているチップに、何者かが外部から干渉をしているのだろう。当然そんなことが出来るのはここにいる人間ではない。おそらくは、奴にこの顔を与えた者の仕業。
「真凛!アイツの顔の皮をひっぺがせっ!」
  突然の怪異に硬直していた真凛が、やるべき事を明示されて即座に行動に移る。そしてそれより少し先に、シドウも同じく動いていた。少女と大男の腕が、苦悶する男の顔面へと殺到する。
 
  だが、間に合わなかった。
 
  何かが致命的に砕ける音。男の全身が、電撃を受けたかのようにぶるるっ、と痙攣し。そして、糸の切れた人形のように、すとん、と座り込むように土砂の上にくずれおちた。
「――あ、」
  その声は誰のものだったか。おれも、真凛も、そして『風の巫女』も、土直神も。ただその光景の前に、呆然と立ちすくむしかなかった。
「どう……なってるの、これ?」
  真凛の声に、おれは苦虫を百匹ほどまとめてかみつぶして答える。
「口封じだ。任務に失敗したこいつから、組織の余計な情報が漏れるのを防ぐために」
  思いつきで実行させられるような動作ではない。おそらく外部からの指令で駆動できるよう、最初からモーションプログラムが組み込んであったのだろう。
「けっ、『第三の目ザ・サード・アイ』のボスとやらは、よっぽどお友達を信用できない寂しい子らしいな」
  おれが毒づくと。
『まあそう言うでない』
  思わぬところから返答があった。
「うひゃあ!?」
  真凛が素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。喋ったのは、今まさに地面に倒れ伏したはずの死体だった。いや、死体に貼り付いた顔の皮が、まだ動いて声を出しているのだった。
『本来この程度の枝葉の処分、ワシが自ら出向くまでもないのじゃがのう』
「なに、何て言ってるの?」
  この場でロシア語を理解できるのは、おれと、あとはチーフとシドウくらいか。おれは真凛を手を挙げて制止し、アタマをロシア語モードに切り替え応答する。
『へぇ、じゃあ何のためにわざわざ黒幕みずからお出ましで?』
『そりゃあもちろん、一言おぬしに挨拶しておこうと思ったからじゃよ、『召喚師』』
『――何だと』
  おれの二つ名と顔を即座に結びつけられる者は、そうは多くない。
  第三の目トゥリーチィ・グラース……。第三サードさん
  ああ、そういうことかよ。おれは得心がいった。
『……成る程ね。業界屈指の潜入捜査官だった『役者』の正体があっさり見破られたわけだ』
  どれだけ精密かつ完璧な変身だろうと意味はなかった。奴が『役者』を「見つけたい」と思えば、見つけることが出来てしまうのだ。と同質の、ルールや限界を無視したデタラメな能力。
『『検索』はお前の得意芸だったよな、3番みっつめ?』
  奴の唇が笑いの形に歪む。肯定の意思表示。その皮一枚奥では、すでに死したはずの小田桐の喉の奥から、ひゅうひゅうと音が漏れている。おそらくは喉を圧迫することで、無理矢理空気を押しだして声としているのだろう。表情、という言葉の定義そのものが冒涜されているかのような醜悪な光景だった。
『ドレスデンを根城にしていた23番もお前に奪られたんだってな。不良在庫のくせに相変わらずフライングだけは得意らしい』
  以前所長に仕入れてもらった情報を匂わせてやると、へばりついた顔の皮が驚きの表情を形成する。
『耳が早いのぅ。確かに23番は使い方次第では充分にこのゲームに勝ち残れるカードだったが、いかんせん宿主に才がなさ過ぎた。丁度昔のおぬしのようにの』
  そう、どんな素晴らしい道具も、野心と才がなければ使いこなすことはできない。
  極端な話だが、例えば普通の人間が偶然に核爆弾を入手したとしても、大抵の人はそれを使おうとすら思えない。野心がある人間なら、これを使って一儲けしてやろう、あるいはテロでもやってやろうと思うかも知れない。だが、それを成功させるには今度は核爆弾を効率よく爆発させたり、脅迫のカードとして用いたりするための才覚が必要なのだ。
『おぬしには才がなかったし、あの女――村雨晴霞ムラサメハルカには野心がなかった』
  その固有名詞だけは、流暢な日本語の発音だった。おれの背後で真凛がわずかに身じろぎする。ままならぬものよ、としわがれた老人の声。
『愚かな女じゃ。我ら三十六全てを手中にする機会など、栄耀栄華を窮め尽くした覇者であろうと、屍山血河を贄に捧げた左道であろうと、垣間見ることすら叶わぬ幸運だと言うに――』
『道具風情が気安く彼女の名前を口にするな』
  つぶやく自分の声がひどく遠く感じられた。砂漠の風のように、乾ききった、だが熱を孕んだ声。かつては人生の全てをなげうって追い求め、今もなお、片時も忘れることなどあり得ない仇敵。その尻尾がいまここにある。
『おお怖い怖い。清掃係が使命を忘れて私怨に狂っておるわ』
  露骨な嘲弄の響き。わざとらしいジジイ言葉が気に障る。今すぐにあの薄ら笑いを浮かべている皮一枚を削ぎ取ってやりたい――その衝動を必死に抑える。奴は操作をしているだけ。本体はおそらくは『第三の目』の本拠地に居るはずだ。
『今おぬしが持っているカードでは儂に干渉する事は出来んじゃろう。それともめくらめっぽうに海を越えて『切断』でも撃ち込んでみるかの?』
『魅力的な提案だが辞退させてもらおう』
  おれは乾いた声のまま応じ、儀礼的な通告を出すに留めた。
『三十六の第三席、『万偽にて一真を示す針ザルムレント』。『召喚師』の名にかけて、貴様を捕らえてみせる。貴様の行く末は、我が脳髄の奥で保管される標本の一つとなって、共に虚無へと還るのみだ』
『残念じゃが当分は儂の出番はない。おぬし達にはいずれ8番か16番あたりが挨拶に行くじゃろうて。奴らを排除しおぬしが儂の前に現れるその時を――楽しみにしておるぞ』
  皮が表情を失い、だらりと垂れ落ちる。高分子ゲルの表情筋とセラミックのフレームがコマンドを解除され、その役目を終えたのだ。すべてのモーションが初期化された跡に残ったのは、どんな顔にも効率よく変化できるよう配された、もっとも平均的な個性のない、苦悶の痕跡すらも消え失せた無表情な顔立ちだった。
  風が獣道の隙間を吹き抜け、ざわざわと悲しげに音を立てる。
 
  ――結局、本当の顔を求め続けた男の元に残ったのは、誰のものでもない顔だった。
 
 
 
 
 
 
 
 

 ◆◇◆ 23 ◇◆◇

 
 
 
  そしておれ達は今。
  なぜか六人揃って国道17号沿いのソバ屋でソバを喰っている。
 
 
「結局、休みを全部使っちまったなぁ。土曜中には終わらせたかったんだけど。うん、それにしてもこのソバ、思ったよりイケるな」
「あまり食事中に下品な音を立ててすするのはマナーがなってないのでは、亘理さん」
「何をおっしゃる風早クン。音を立てずに食べるのはヨーロッパのマナー。日本のソバはむしろ音を立てることに意義があるってもんだぜ」
「そーだよ清音ちん。マナーってのはしょせんローカルルールの集合体なんだから、気にしちゃいかんよ。あ、おねーさん、オイラぁざるもう一枚追加ね。もう腹減ってサ」
「はーい」
「……それがつい五時間前まで背中刺されて死にかけてた奴の言葉かよ」
「いやー、さっすがに音に聞こえた『守護聖者ゲートキーパー』サンだぁね。あんだけの深手を一発で直しちまうとは。ホント助かりましたッスよ」
「処置が間に合ってとにかく良かった。もともと俺は治す方が得意なんだよ。そもそも俺がこの術を修得したのも子供の頃に……」
「あ、チーフ、ここ禁煙なんで。回想とタバコは外でやってくださいね」
「……お前最近、どんどん俺に冷たくなってないか?」
「気のせいです。それはそうと、流石に今回はおれも腹が減ったんで……すいません、ざる一枚追加お願いします」
「はいはーい、ただいまー」
「あ、ボクももう三枚お願いしまーす」
「はーい。ざる三枚入りましたー」
「……七瀬クン。君は『アシスタント、三杯目にはそっと出し』っていうコトワザを知っているカネ?」
「う……。だってお腹すいたし……みんな食べてるもん……」
「そりゃあね?失血のせいで大幅に血糖値が低下してる人とか、キズを再生するために動物みたいに無駄食いしなきゃいかんデカブツはいるけどね?ああいうのと自分を比べて良しとしちゃあいけない。もっと人生の比較基準は高く持たなきゃ、うん」
「……俺のを食うか?」
「わあ、四堂さんありがとうございます!」
「あ、こらてめぇシドウ、無責任な餌付けは犯罪なんだぞ!?」
「いいじゃねえの亘理の兄サン、せっかく面倒な仕事が終わったんだから、ソバくらい好きなだけ食わしてやんなってサ」
「良く言うぜ土直神ぃ。お前んところの子はぜんぜん食べないじゃないか。この満腹中枢がアレなことになってるお子様はな、喰っていいと言ったら本気で内臓のキャパシティいっぱいまで詰め込むんだよ。んで結局最後はジャンケンに負けておれが全額払うんだ」
「いやいや勘違いしちゃあいけない。清音ちんが食べないのは、ダイエットの失敗でこれ以上喰うとまた太るからだぁよ?」
「ほっといて下さいッ!もともと私は食べるとすぐ増える体質なんですよ!!」
「うわぁいいなぁ。ボクどんだけ食べてもぜんぜん重量ウェイトが増えないんです。もっと打撃を重くしたいのに。ねえ風早さん、今度体重の増やし方のコツ教えてくれませんか?」
「……真凛君、そんな地雷原に空爆をかますようなブラッディーメアリーな発言は……」
「うふ、うふふふふふ。七瀬さん、と言いましたね。そうですね。まずは手っ取り早く一キロほど体重を増やしてみましょうか。折良く今私の手元には50グラムの矢が20本ほどありますし。ああでも、もしかしたら逆に削れて減ってしまうかも知レマセンネ?」
「外でやれ外で!つか、なんかずっと機嫌悪いね風早クン」
「……もしかして、土直神君の傷を俺の術法で治したのは出しゃばりだったかな?」
「いぃいえ!?私にはまだ治癒の術は使えませんから!?西洋魔術の最高位に位置する聖魔術師に叶わないのは当然ですし!?マッタク未熟者でスイマセンでした!」
「でも君はスジがいいよ。たぶんあと三年も修行を積めば、業界でもトップのレベルに到達できる」
「え?」
「俺が君の歳だった頃よりはるかに基礎がしっかりしてるしね。多分ずいぶん努力してきたんだね」
「い、いえそれほどでも……あはは。あ、すいませーん、私にもざるを五枚ください」
「はーい。ざるを五……五枚っ!?」
「でも正直、伊勢冨田流と決着がつかなかったのは残念だなあ」
「組み手なら受ける」
「ありがとうございます。……でもいいです。多分四堂さんにとって、戦いは目的じゃなくて手段なんですよね。そういう人と技比べをやっても、多分練習にしかならないだろうし」
「……かも知れん」
「結局途中で戦闘どころではなくなってしまったしな」
「ホント、陽司がいきなり、『停戦だ停戦!土直神が危ない!』って言いだしたときはビックリしたよ。それまでは本気で決着をつけるつもりだったのに」
「そーそー。オイラも気になってたんだよね。どうやってあの場に駆けつけることが出来たのかとか。あのワケのわかんねー幽霊の正体とかさあ」
「そうですよ。一体いつから状況を把握していたんですか亘理さん?」
「確かに、説明が欲しい」
「そういうワケで、全体像のネタばらしってやつが欲しいんだけどね、亘理の兄サン」
「兄サン、って同い年だろうがおれ達。……まあいいや。じゃあ、順を追って解説するとしましょうか。……すいませーん!」
「はーい、ご注文ですか?」
「ええ。ざるをもう一枚。それとこの人達に、ちょっと挨拶をしてもらえませんか。貴方の存在抜きでは、どう説明したところで消化不良だし、そもそも幕引きは貴方がすべきでしょう」
「…………へ?」
  おれの言葉に、他の五人がそれぞれに間抜けな反応を示し、一斉に七人目・・・の人物……今の今までおれ達のソバの注文をとりまとめてくれていた女性店員さんに注目する。ごく普通の中年女性と見えるソバ屋の店員さんは、おれの言葉を聞くと観念したように顔を伏せた。
「そうですね。それではご挨拶させていただきます」
「……ってぇ言われても……」
  唖然とした表情のままの土直神。
「……陽司、えっと。この人、誰?」
  真凛の素朴な疑問に、おれはやれやれ、とわざとらしく肩をすくめてみせる。
「誰、とは失礼な話だな。そもそもおれ達は、この人を探すためにここに来たんだぜ?」
「え?っていうと」
  真凛が顎に手を当てて考え込むのも無理はない。思えばずいぶん、当初の任務からねじれた結末になったものだ。
「じゃあこの人が、元城町に現れていた、小田桐さんの幽霊?でも――」
  ぜんぜん似てない、と言葉を続けることは出来なかった。女性の店員さんが顔を上げたとき、そこにはすでに中年の女性の面影は微塵もなかった。
  そこにあったのは、驚くほど整った、だが驚くほど印象が薄い女性の顔立ちだった。通常これほどの端正な顔の持ち主ならば、またたく間に衆目を集めても良いはずなのに、そんな気にはどうしてもなれない。その顔は、ただ整っているだけ。こう言っては失礼だが、あくまでもパーツの配置バランスが良い、というだけでしかないのだ。一流のスターやアイドル、女優が持ち合わせているような、強烈な”個性”が一切欠如していた。……いや、あえて巧妙に、印象を消しているのだ。
「おれも知らなかったんですが。業界最高峰の潜入捜査官だった『役者』には、その技術を全て受け継いだ秘蔵の弟子がいたんだそうです」
「――技術だけですよ。能力は到底及ぶものではありません」
  隣の女性が注釈を入れる。
「ええ。師匠のように異能の力を持つわけではない。しかし弟子はそれを補う技を身につけた」
  完璧なまでの『演技』。変身ではなく、変装の達人になったのだった。
「そしてその弟子は、師匠の遺志を継ぎ、本物の小田桐剛史の暗躍を阻止するためにこの街を訪れた。そしてその技術で小田桐になりすました。それが幽霊騒ぎの発端ですよ」
  おれが促すと、女性は立ち上がる。その瞬間、わずかに表情が変化する。それだけで、無個性に思えた容貌は、たちまちに人を惹きつける美しさと危うさを備えたものへと、まさしく”変貌”していた。
「初めまして皆様。人材派遣会社CCC第二営業部所属。高須碧と言います」
  一流の舞台挨拶を思わせる、歯切れのよい台詞と優雅な一礼。
「つい先日、師の遺言により『役者アクター』の名を継承いたしました」
 
 
 
 
「……そもそも今回の件は、おれ達フレイムアップ組が出てきたせいでややこしくなったようなもんですよ」
  一ヶ月前。
  かつて行方不明になった小田桐剛史が、凶悪なエージェントとなって日本に戻ってきた。
  彼からの呼び出しを受けた『役者』は、自分が演じ続けてきた『小田桐剛史の人生』という舞台に、ついに終わりが来た事を悟った。そして、独り立ちしていたかつての弟子に手紙を送り、後事を託したのだった。弟子は、連絡の絶えていた師匠が、一人の人間の人生を四年間に渡ってトレースし続けたという事実を初めて知り、そして師の依頼に従い活動を開始した。
「先代の『役者』は弟子に、自分が四年間続けてきた舞台の幕引きをするよう求めたんです。なぜなら、恐らく当の本人は、本物の小田桐との対決をもって、自分が四年間演じてきた舞台・・を終わらせようと思っていた」
「最初から死ぬつもりだった、ということですか?」
「土砂崩れはあくまでも事故だと思う。今となっては確かめるすべはないけど……当人は、死んでもいいか、くらいには思っていたんじゃないですか?」
  おれの問いに、二代目『役者』は黙して応えようとはしなかった。
「――まあ、脚本の意図を俳優さんに求めるのは野暮ですね。とにかく結論として、『役者』は土砂に呑み込まれて消息を絶ち、本物の小田桐もいずこかへと消え去ってしまった」
  決着をつけるべく望んだ舞台は、実に中途半端な結果に終わってしまったのだ。
「そして貴方は、師匠から託されていた任務を実行することにした」
「任務?」
「ああ、任務だ。……貴方が託された任務。一つは、先代が力及ばなかったときには三次元測定器の機密漏洩を防ぐこと。そしてもう一つは、小田桐の、いや、師匠の奥さんと子供を護ること。そうですよね?」
  おれの言葉に、今度こそ彼女はしっかりと頷いた。
 
 
 
  完璧に誰かになりきることを得意とした彼――我が師匠は、だが結果として、誰かを演じる事よりも、己の人生を選んだ。
 
  『肉体も、心までさえも他人になりすまそうとした愚かな私に罰が下るのは当然だ。だがどうか、妻と子にはこの咎を背負わせたくはない。
  師から弟子への命ではない。
  同じ道を目指し、結果、違う手段を選び取った友に頼みたい。
  どうか、花恵と敦史を護ってやって欲しい』
 
  それが、彼の手紙の最後の文章である。
  手紙を受け取った当日の夜、私は元城市へと向かったのだった。
 
 
 
「土砂崩れ事件の顛末を知った貴方は、最悪の事態を想定した」
  それは、先代『役者』亡き後、本物の小田桐剛史が妻と子供の前に姿を現すことだった。かつて本物の小田桐剛史の行動パターンをすべて把握し尽くした先代は、小田桐が形ばかりの妻や自分のものでない子供にどういう仕打ちをする人間なのか、判りすぎるほど判っていたのだろう。
  それだけは、なんとしても避けなければいけないことだった。
「で、貴方は自分の変身能力で何が出来るかと考え、やがて一計を案じた。それがあの幽霊騒ぎです」
  毎夜毎夜その変装技術で小田桐そっくりになりすまし、街のあちこちに出没。市民にその様を印象づけていった。
「貴方はことさら『小田桐剛史の幽霊』を演じたわけではない。小田桐の格好をした男……つまりは『役者』がまだ死んでいないのではないか。その疑念を、どこかに潜んでいる本物の小田桐に抱かせればよかった」
  幽霊が無害だったのも当然である。要は噂が広まりさえすればよかったのだから。
「そして貴方は待っていた。誰かがもっともらしい理由をつけて、この場所を掘り返そうと動き出すのを」
  つまり、二代目『役者』が、師匠の仇である本物の小田桐を捕まえるために罠を張っていた。今回の事件は、本来はただそれだけの話だったのである。
「ところが誤算は、『役者』の墓に、あまりにも沢山の人数が集まってきた事だった。真犯人の小田桐はまんまとウルリッヒに潜り込んで異能力者のチームを調達してきたし、皮肉にも度重なる幽霊の目撃情報が昂光タカミツを刺激し、おれ達までが呼ばれる事となってしまった」
  ついでにおれとシドウの因縁なんぞも混じったせいで、どんどん話はややこしい方向に転がっていってしまった。
「困惑した貴方は、まずおれ達の方に真意をはかるべく、スポーツクラブで接触してきました。もしも本物の小田桐であれば、幽霊の格好をして近づけば当然反応があるはずだった。だが結局おれ達はシロだったので、なんとも間抜けな邂逅になってしまった」
  ――固定された死を覆してはならない。あの時彼女はそんなことをいっていた。それは決意を込め、様々な情報、功績、そして罪を抱えたまま亡くなった師匠への思いだったのかも知れない。
「ま、とにかくそうなれば話は簡単です。おれ達はそもそも幽霊を探しに来たのであって、墓を暴きに来たんじゃない。となれば犯人が紛れ込んでいるのはウルリッヒ側、四人の誰かということになる」
  しかし、強力なエージェントが三人も揃っているとなれば、彼女一人の手に余る。そこで彼女は、疑惑が解けたおれ達に対して協力を依頼したのだった。
「あとは簡単ですよ。潜入している奴の狙いが墓に埋まった密輸の証拠だとすれば、チャンスがあれば真っ先に墓を暴きにかかるでしょうからね」
  それでわざわざウルリッヒの連中に後をつけさせ、難癖をつけて無理矢理に戦闘の状況を作り出したわけだ。
「戦おうとする者、リスクを避けようとする者。現場に向かおうとする者、ここに残ろうとする者。それぞれ誰が誰であるか、おれと彼女はそれを見ていればよかったわけです」
  ……などと偉そうに言ってみても、結局のところ最初に描いていた絵とはずいぶん違う形になってしまった。小田桐が変装をしているだろうとは思っていたものの、まさか顔を失い。それを取り戻すためにこれほどの暴走を引き起こすという流れは、完全におれの想像の外にあった。
  『浄めの渦』土直神安彦――正直おれは、彼がホンボシだとばかり思っていたのだが――がケガを負ったのは、実際のところおれの作戦ミス以外の何者でもない。
 彼女から連絡を受けたおれは慌てて停戦を申し出て現場に急行。隠れて徳田と小田桐を尾行してきた役者――”印象”を消すのは彼女の得意技である――が、咄嗟に先代の幽霊の振りをして時間を稼ぎ、なんとか最悪の事態は避けられたのだった。
「結果として、皆様に大変なご迷惑をおかけすることになってしまい申し訳ありません。それでも、皆様のおかげで、師匠のやり残した仕事と、そして師匠が残そうとしたものを護ることが出来ました。本当に、ありがとうございました」
  そのときようやく、おれは彼女の『役者』ではない、一人の人間としての表情を垣間見ることが出来た、ようにも思えた。
  そうして、彼女は深々と礼をした。舞台挨拶とは異なる、素朴なお辞儀。
 
  虚実と様々な思惑が入り交じったややこしい任務の、それが本当の幕引きになった。 
 
 
 
  その後、おれ達は依頼主である昂光の工場長に連絡。今日はまだ日曜日のため、留守番電話に仕事が終了した旨だけを告げるに留め、正式な報告書は後日提出することにした。おれ達の任務は、終わったのだった。
「んじゃあ、オイラ達はこれで」
  ソバ屋を出るとすでに夕日は沈みかかっていた。東京では到底望めないようなデカイ駐車場に止められたワゴンに、土直神達ウルリッヒのチームは乗り込んでゆく。
「このワゴンも、本当の持ち主のところに返してやんないとだぁね」
「徳田さん、だったよな。彼はもう……」
「ああ。もうウルリッヒに依頼してあるから。たぶんすぐに遺体が見つかると思う」
「……そうか」
「結局、あの人が一番とばっちりだったんだよなァ」
  そもそも彼らがこの仕事に参加した時点ですでに、小田桐がすり替わっていたのだ。どう頑張っても事態は防げたはずはないのだが、それでも無力感だけは残った。
「すまないな。後始末ばかりを押しつけてしまって」
  横合いからのチーフの言葉に、土直神は気安く応じる。
「あー気にしないで下さい。もともとこっちが片付けるべき案件でさぁね」
  『小田桐剛史の亡骸を見つける』という依頼は、皮肉にも完璧に果たされることになった。家族から小田桐剛史だと思われていた男の亡骸と、そして正真正銘小田桐剛史だった男の亡骸。両方が見つかってしまったのである。この二つの亡骸はとりあえず、ウルリッヒの資本の入った病院によって回収された。そして皮肉にも……どちらの亡骸も、おそらくは小田桐剛史として公式に認定されうるだけの情報を所有していた。果たしてどちらを『小田桐さんの亡骸』と主張すべきなのだろうか。
「やっぱり奥さんと息子さんが探していたのは先代の『役者』サンの方だから、こちらで報告しようと思ってサ」
  そう土直神は言った。やはり、それが道理なのだろう。だが、おれは少しだけ……あれほど己の”顔”を求めついに叶わなかった男に、ほんの少しだけ同情していた。公式には密入国どころか、そもそも出国さえしていないはずの男だ。任務に失敗したエージェントを『第三の目』がわざわざ引取に来るはずもなし、彼は一体どうなってしまうんだろうか。
「そのことなんだけんどね」
  おれの疑問に、土直神が応える。
「たった今、『役者』の姐さんから聞いたんだけど、先代の『役者』さんが、自分のとは別に、小田桐の実家近く、先祖代々のお墓に場所を確保してるんだってサ」
「ってことは」
「表向きは分骨、ってことになるだろうけど、たぶん実家の墓には本物の小田桐が、今の家族の墓には、先代の『役者』サンが収まることになるんじゃあないかな」
  メンドイけどそれぐらいの手続きはこっちでなんとかするやね、と請け負う土直神。
「そうなのか……」
  結局のところ、収まるべきところに収まったというべきなのだろうか。土直神がエンジンが始動させ、窓を閉めようとすると、後ろの席から風早清音が顔を出した。
「私もこれで失礼します。言っておきますが、今回は私たちウルリッヒは負けたわけではありませんからね!」
「い、いや。そもそもこれ、勝ち負けを競うような話じゃなかったでしょうに」
「気持ちの問題です、気持ちの!」
「あ、じゃあ清音さん、また増量の仕方とか教えてくださいね」
「あははははは。まったく愉快な人ですね七瀬さんは」
「ストップ!そこまで。それじゃあまた、別の仕事で会ったときにはよろしくな」
「――ええ。決着をつける機会があることを祈ってます」
  運転席の窓が閉まる。そうして二人を乗せた車は、国道の北へと消えていった。
 
 
 
「じゃあボクらも帰ろうか」
「ああ。それじゃあお前、先にチーフのところに行っておいてくれ」
「陽司は?」
「おれはソバ屋で土産買って帰るわ。所長から買ってこいってメールが来てたのすっかり忘れてた」
  了解、と告げてチーフの車へと走ってゆく真凛。おれはソバ屋の店内に戻り、併設されている土産物屋で適当なものを物色した。
「えーと。『保己一もなか』に、なんだこれ。『つみっこ』……?微妙にマイナーだなあ」
  この手のお土産はメジャーすぎても芸がないし、マイナーすぎると敬遠されるので、さじ加減が結構難しかったりするのである。
「まーしかたがない。この『かぼちゃシュークリーム』にしとくか。なんのかんの言ってもあの人達なら甘いものは一日でカタがつくだろう」
  そうやって手早くレジを済ませる。帰りがけに、入り口近くの物陰に声をほうり込んだ。
「――お前は車に乗って行かなくていいのか?」
「構わん。現地解散で、このまま徒歩で次の職場に向かう」
  柱の陰に背を預けていた大男、シドウ・クロードがあさっての方向を向いたまま答える。おれも出口の方を向いたまま、奴を視界に入れずに言葉を続けた。
「徒歩かよ。相変わらず仕事熱心だな。で、次はどこなんだ?」
「福島の山間だ」
「そりゃ、伊勢冨田流は修験者の流れも汲んでるし、歩いた方が早いかも知れないけどな。たまには文明の利器も使ったらどうだい」
「必要なときは使う」
「そうかよ」
  わずかに、空白の時間が流れた。
「なぜおれを助けた?」
  数秒の沈黙の後、返ってきたのはなぜか質問だった。
「あの娘がお前と組むようになったのはいつ頃からだ?」
「なんだそりゃ、答えになってねぇぞ」
「いいから答えろ」
「……もう半年くらいだよ」
  ふん、とシドウが鼻を鳴らした。
「いい太刀筋だ。冨田の小太刀でも捌ききれぬほど、迷いのない伸びのある剣だった」
「いや、だから……」
  それじゃぜんぜん答えになってねぇって。
「ワタリ、聞きたいことがある」
「なんだよ?てかなんでおればっかり質問されているんだよ!?」
「お前が相手にしてきたのは、ああいうモノ・・・・・・か?」
「――ああ」
「奴らが、お前をああさせた・・・・・のか?」
「……それは、」
  その質問に、気楽に肯定の返事を出すことは出来なかった。乗っ取られたわけでも洗脳されたわけでもない。莫大な体験と情報量による価値観の変化。それは決して、外的な要因ではないのだから。
「そうか、わかった」
  おれが答えを出す前に、シドウはそう呟いた。
「なんだよテメェ、勝手に一人で結論出してんじゃねぇよ」
「そこでお前が安易に肯定していたら、今度こそ息の根を止めていた」
「おい……」
  どんどん独り合点されると、やりにくくって仕方がない。
「最後の質問だ」
「なんだよ?ってかお前ずいぶん饒舌だな」
「今後も、ああいうモノを相手にし続けるのか?」
「ああ。それが、おれがこの世に生まれてきた意義、って奴だからな」
  それだけは即答だった。貴方は男性ですか?と聞かれたら「はい」と答えざるをえない。それぐらい、今の質問は亘理陽司の本質をついていたので、おれには迷う余地もなかった。
「――ならば、時が来れば俺はお前達の力となろう」
  論理が飛躍しているというよりワープしている。なぜそういう結論になるのやら。
「おれの力になる?そりゃ一体、どういう風の吹き回しだよ」
「お前ではない。お前達、だ」
  視界の端で、奴の視線がどこを向いているかがわかった。ってちょっと待て。
「お前、何か勘違いしていないか?おれは個人的な問題にメンバーやアシスタントを巻き込むつもりはないぜ」
「お前はそうかも知れん。だが、周囲はそうではない。それを忘れるな」
「おい、さっきからなんなんだ。思わせぶりなことばっかり言いやがって――」
  おれが根負けしてついに視線をそちらに向けたとき。
  果たしてシドウ・クロードの姿はもうそこにはなかった。
 
 
  力となろう、か。
  奴の言葉は奇妙に耳に残った。人は社会の中でコミュニケーションを築き、たがいに補い合いながら生きていく。それは当然だ。だが、どうしても自分が戦わなければいけないもの、乗り越えなければいけないものがるのならば。誰かの支援を仰ぐ……いいや助けてもらうという行為は、果たして可能なのか。
  人は究極的には、どこまで行っても孤独なのではなかろうか?
  おれの思考を遮るように、向こう側からミニクーパーのレトロなクラクションが響いた。
「遅いよ陽司、日が暮れちゃうよ!」
  ふり返って駐車場を見れば、窓から真凛が顔を出して、なかなか戻ってこないおれにぶうぶうと文句を飛ばしている。
「はいはい、今戻りますよ」
  頭の中身をバイト学生のそれに整理しなおす。
  苦笑してかぼちゃシュークリームの袋を持って立ち上がり、北の方角に目をやった。夕日に染まりつつある板東山。すでに幕が下りた『役者』の舞台跡をもう一度だけ視界に焼き付けると、おれは今度こそ東京へ帰るべく、ミニクーパーに戻っていった。
 
 

[了]ID:SFN0006v100 

<<back   <<top>>    next>>

<<NNRランキング投票>>
<<長編小説検索WanderingNetwork 投票>>
※気に入ったら押してやってください(週イチ)

<<おまけ会話(web拍手)>>